【全部過去形】 自己 ★ 紹介 【死んでも読める】

故・作者。
性格
温和、自己主張強、即・決めつけ
鬱期間なし(時間の無駄)
人生時間的実利主義(満喫派)
対人との勝負事全回避(生活に不必要)
将来の夢
オレが一番!とかいう心(欲?)を排除し
全員仲良くしてみんなで滅びれば、世界中
の問題は解決するので、それに向けて
がんばっていた。

生前、使うチャンスを待っていた、
あこがれのセリフBEST5
生まれてこなければよかった…。
ワシがふがいないばっかりに…
パパに言ってオマエなんてクビにしてやる!
HUGE!(海外で声を裏返して頻繁に使いたい)
ヒップホップ育ち

小川独身0

★所属:ナシ。いうなればL&S会長に所属。

★職業:
珍獣(自営)、吟遊詩人

★社会的地位:
なし。

★好きだった服:
ヨーロッパもの

★好きだったミュージシャン:
ジョージ・マイケル(WHAM!)

★好きだったもの:
汚れた部屋か車中、A.A.ミルン、クマ、高効率、サン トリー、梨、じゃがいも、うっかりスペル(hawl,hunny,はちみち)、ステファンとレコの間にある“ブリッツ”のところ。

★嫌いだったもの:
女体盛り(毎週とかウンザリです)、車間距離、清潔、風呂、ゆとり、メーカーサポートご自慢、歯磨き、洗顔、睡眠、匿名、『TV という宗教』に毒された感覚(特に恋愛観はひどい。あんなんに一喜一憂して人生の貴重な時間を無駄にしないでほしい)、ほ か面倒臭いことと効率わるいことすべて
匿名性に隠れてしか主張できない人直接言えば聞くのに。
陰口でなんか言う人・団体直接言って くれれば聞くのに。
常に温和なので善処・努力しまーす。直接何でも言ってネ。
extreme_howl@mac.com

ちなみに好き順位は、
ジョージマイケルの歌>>運転釣り音楽全般有象無象嫌いなもの恋愛宗教信 者魂自分の前の車の、さらに前との車間距離

★好きだった釣り:ルアー/トラウト/スプーン/右投げ右巻き

年間365日連続釣行×2回の経験あり。
11年で3200日以上釣行。
代表作ルアー:SIN-ZOベイト、同チビイカ、theナイフ、その他 裏工作

発信機を魚につけ、心拍数、遊泳速度、加速度、水深、水温を同時測定しマダイ、フロリダバスなどさまざまな考察を行う。
こんな人でした…。皆さんには本当にご迷惑を…。


注:釣りは下手
ウデのよさの必要性がなかった。

このページはフォトアルバム以外

特に見る価値がありません。

コアな人はこちら↓
生前ギリギリの近況:やる気なくベッドに伏したままだった。 生前のお気に入り:

小川健太郎釣り 2.0

生前仲良かった人のいらっしゃるメーカーリンク。当然の ことながらちゃんと買ってました。
基本、自分で作ったもの以外サポートなしでお願いしてました。
ufmウエダ Lucky Craft
Colombia mazume
呉羽化学 MARS(SIN-ZO)
VAGABOND スカジットデザインズ
マドネス GAN CRAFT
アムズデザインセンター(ima) arrows
BURNS 奈良スポーツ/Jennex
スタジオ オーシャンマーク SMITH
zeal optics HIYOKO BRAND
Tsunami Lures AKASHI BRAND
Teat
※生前掲載頂いていた雑誌社
FISHMAN(Sport&Fishing NEWS) ei publishing(BASS World/トップ堂)
内外出版(LURE MAGAZINE) SALTY!
名光通信社(LURE NEWS) 地球丸(Rod & Reel)
週刊釣りニュース バーブレス(Seabass Magazine)

BASS World 2003 9月号より引用
angler's life

播本明彦・菊池陽一郎=写真 佐藤康夫=文
インタビュー:小川、両親、友人の証言を元に作成。

科学と経験を言葉で融合する釣楽人>>第23回

 バスフィッシングの魅力は、バスという魚が持つ『豊かな好奇心』 に因るものと、言いきることができるかもしれない。その好奇心と攻撃性は、エサを捕食しようとする一次的欲求とはかけ離れた部分に及び、時には「こんな変 なものまで…」というような物体に反応することすらある。反面、人間の想像もつかない部分を魚が嗅ぎ分けていて、バスが追っている同じエサそのものを針に 付けたとしても何かが狂ってしまい、食わせられないことすら生じる。好奇心と猜疑心、こんな表裏一体の人間にとって不可解なバスの性質が、多くのアング ラーを悩ませ、そして魅了する。これだからバス釣りはやめられないのかもしれない。


 今回紹介する小川健太郎氏(以下、文中敬称略)は、「どうして魚がこの物体に口を使ったのか、ぼくにとっての釣りの面白さはそこにしかありません」と断 言してしまう一風変わったアングラー。バスをはじめとするあらゆるゲームフィッシュの性質を追求し、研究を続ける。彼の目標は、数狙いでも記録狙いでもな く、『初めて釣ったイッピキの価値』にある。「例えば初めて釣った魚、初めて釣った50アップ、初めて後ろを向いて釣った魚など、本来ならそれぞれのシ チュエーションで一尾釣るごとにアングラーの口はほころぶはずなんですよ。」という。本来なら、としたのは、近年のトーナメントや記録魚全盛の風潮から、 小さい魚を軽んじる傾向が強くなったと、小川が強く感じているからである。「チビやマメといった言葉と同時に、逃がすんじゃなく、捨てているんですよ。一 般の人までみんな。テレビゲーム感覚なんでしょうね。」トップウォーター系デカバスハンターとして登場した彼の記事が、大きく方向転換したのはこの傾向を 痛感した時だった。以来、デカバスの狙い方といったようなものより『どうして魚がルアーに興味を示すのか』といった部分に重点を置くようになる。「キャリ アを積んだ人たちに、もう一度一尾一尾の魚との出会いを思い出してもらいたかったんです。それが釣り本来の楽しさだとぼくは思っているので。」当時本誌の 連載においてもそのこだわりを訴える彼の姿勢が、ベテランアングラーやプロアングラーたちの間で話題を呼んだ。

■生物学者とUKポップシンガーに憧れた少年アングラー

 長崎生まれ、北大阪育ち。現在も車上生活で各地に神出鬼没で知ら れるが、行政上は大阪・池田市の実家に籍を置く。両親が医者という、ある意味恵まれた環境に育った彼は、やはり医者への道を歩ませられることになる。1才 で日本語と英単語をしゃべり、3才で新聞を読むという圧倒的な早熟さで親や親戚の期待を一身に背負う。しかし、国立中学合格時に、道を大きく外れる決意を 決めたという。「このまま音楽や釣り、動物に対する興味を捨てての医者、という道を絶対に選びたくなかったんです。当時、ジョージマイケル(元ワム!)と いう人生の目標を見つけていたし、一方で野生動物を追い求めて行きたいという衝動にも駆られてました。近所のお店にいらっしゃってた今江プロや、USAの リッククランにも強い憧れがあったんですよ。ひょっとすると、当然のように医者になることを期待されている境遇に反発していたのかもしれませんね。」以 降、数学と物理の答案を意図的に無回答のまま成績を下げ続け、近畿大学水産学科へ。音楽、釣り、水産生物学という、将来なりたかった職種のどれを選択して もよい状況へと自分をうまく『救済』した。しかし、その大学入学直後一ヶ月も経たないうちに、長崎時代より聖歌で育んできた喉を壊し、音楽の夢はあっさり 断たれることになる。これによって必然的に将来の夢は魚に関する研究へと移行したのだという。その後、アルバイトしていた釣具店の社員の推薦により、大学 在学中にして釣り雑誌(SPORT & FISHING NEWS誌)の編集記者として業界入りした。


 釣りとの出会いは小学校入学以前に、親の仕事先であったアメリカ・ミネソタ州ロチェスターという街に住んでいたときだった。「周りに遊ぶ友達がいないか ら、母親が釣りを教えてくれたんです。それも棒切れにテグス、ミールワーム(サシ虫など幼虫系釣りエサ)の組み合わせで。なんだか分からないウチにたくさ ん釣れましたね。ブルーギルらしき魚とかコイの仲間、後ナマズが大変だったのを憶えています。魚はアホやなあ、と毎日楽しかったのを憶えています。」しか し、帰国後、バカにしていた魚に苦渋を飲まされることとなる。「日本に戻ってみると、釣れないんです。一尾も。そこから考えたんですよ。糸を細く、エサを 選んで…そうやって釣れたフナやコイが、毎回改めてハジメテの一尾目として輝いて見えたんですね。考え直した最初の一尾目、エサをつけずに釣れた最初の一 尾目…という具合に、目先を替えたら答えが出るまでに時間が掛かるんです。毎回いろんなことを思いつく楽しみを見つけたんですよ。」その後、親戚だったフ ライマンの野々山典久に師事し、さまざまな釣りを体験して行くことになる。彼の影響の大きさは、小川が現在も「最も好きな釣りは、渓流のトラウト釣りで す。」と断言するところからもうかがえるだろう。

■バス対小川、好奇心の闘い

 バスとの出会いは野々山に連れられて訪れた琵琶湖の乙女ケ池。 「今でも憶えています。トーナメントワームのテキサスリグで104尾。これでまた魚をナメてしまったんですよね。アメリカの魚は簡単や、って。」そうして 地元に帰って家の近くのため池で試してみると、釣れない。今度は糸を細くしても釣れないのだ。ここではじめて釣り雑誌、書籍に目を通したり、テレビから情 報を収集することになる。そうしてようやく少しづつ釣れるようになった時に今江克隆が釣具店に現れたのだ。「その時今江さんがおっしゃっていたキーワード はゲーリーグラブのウォーターメロン、マスバリちょん掛け、の二つでした。」


 この偶然得た情報を皮切りに、数、型ともに釣果が飛躍的に伸びることになる。「もちろん自分でアレンジして色を替えて反応を見たりしました。このとき、 連載で初めて書いた『白』や『赤』の効果に気付いたんです。それからは当時にすると驚異的な数の50アップを釣りました。」その頃になると、だんだん『来 たからには釣らなければ…』という脅迫的な観念に左右されるのが嫌になり、真剣に狙うことをしなくなる。繰り返し釣れる、ハジメテの一尾とは思い難い魚に 飽きてきたのだという。


 同時に楽しんでいたトラウトやシーバスの釣りとは明らかに違う。バスの世界は『釣行そのもの全部を楽しめない人たちの箱庭』のような気がしてきたのだ。 折しもバスブームの兆しがある頃である。「この頃になると、もうトーナメントとか、とにかく一尾とか、そういうのでイッパイイッパイの人たちがゴミ問題を 引き起こしていたんです。そんなバスだけの人を見下してる自分も嫌で。なんかバスで面白いことは無いかな?と。そしたら、いろんなものがバスの興味を引く ことに気がついたんですよ。ちょうどスカジットデザインズの皆川哲さんが記事内でライターをルアーにしたり、落花生の殻でルアー作ったり、空き缶でロウニ ンアジ狙ったりしてるの見て…。なんだこりゃって、毎日触発されっぱなしでした。この頃授業そっちのけで考えていて思いついたのがいくつかあるんですけ ど、その時の一つがSIN-ZOベイト、つぼリグなんかの原形なんです。」一見理論的で、効率を重視するように思われる小川の釣りスタイルの中に突飛な遊 び心が見られるのは、皆川哲の影響におうところが大きい。そして、将来小川はその遊び心から人々の意表をつくルアーや、彼自身のユニークな釣りのスタイル を創り出していくことになる。

■オリジナル釣楽人のはじまり

 また、小川はこの中学〜高校生の頃に初めて記事を書いている。 フィッシュマガジン誌、アクアライフ誌(ともに観賞魚の雑誌)、そしてタックルボックス誌(ゴミ問題などを書いていた)である。「僕が目指したのはバスプ ロでもなく、インストラクターでもなく、皆川哲さんだったんでしょうね。でもすでに存在するわけだから、真似しちゃいかんと。それで自分の釣りの楽しさを 伝えられる仕事への道を組み立てたんです。同時に考えていた音楽のプランは割と環境を問わなかったので、迷わず水産の道へ進みました。ライター=文系じゃ なかったのは、トラウトの『色』に対する行動性の違いを調べたかったからだけなんですけどね。」早稲田、上智などを射程に捉えた私立文系から、捨てていた 理系ヘあっさり方向転換。2ヶ月後、最も家に近い近畿大農学部水産学科に合格していた。このあたりは現在の行動力にも通じるものがある。


 大学に入学し、先輩の岡村英樹(上州屋生駒店勤務)、森口貴誠(伊勢吉勤務)をはじめとするデカバスハンター達の影響を受け、ビッグバドで『音』を操作 することを覚えた小川は、ついに初の60アップを仕留める。当時珍しい、60アップをトップで釣った実績が認められ、この『音』の記事が釣り業界へのデ ビューとなるのだ。


 この後も釣りにのめりこんだ小川は留年をしてしまうが、彼の研究はその速度を緩めることなく、卒業研究のテーマには『バイオテレメトリー』を選ぶ。様々 な魚に発信機を付け、その行動性や心拍数を把握していくものである。これをフロリダバスに付けた実験が契機となる。その頃出会った憧れの皆川に貰ったヤー ガラポップで74cm、68cm、71cmと驚異的なサイズのバスを毎週立て続けに釣り上げ、人々の度肝を抜く。そのユニークなアイデアの詳細を『色理 論』『フロリダバス回遊理論』と論理的な文章で見事に説明することにより、一躍デカバスハンターとして脚光を浴びることになる。


 しかし、小川はもとからバスの世界を避ける傾向があった。前述のトーナメント、記録志向の人間達が織り成す様々な足の引っ張り合い、その人間模様に幻滅 していたのだ。「釣りは人と魚との遊び。人間同士の闘いはテレビゲームでやったらいいんですよ。僕は魚と知恵比べしているんですからね。別に記録申請して ないんだから嘘といわれても仕方ないけど、魚に注ぎ込んだ情熱を否定する発言には許せない怒りを感じましたね。決まって一般人ではなく、有名な人たちが非 難してたんです。自分は楽しむためにやってることでも、彼らの仕事を妨害しているようでした。だったら彼らの箱庭はいったん捨てよう、と。」この後、シー バスアングラー小沼正弥の協力を得て『色理論』の全てはSIN-ZOベイト、ゴーストレッドブームとともにシーバス業界で華開くことになる。

■現在…

 シーバス界でSIN-ZOベイトが注目される頃、本誌で小川の連 載が始まる。タイトルは『アカデミック・レイク』。色の持つチカラの詳細や群れ理論、五感の整理など、釣り人なら誰しも一度は疑問に思う現象を理路明晰に 説明し、読者をうなずかせるその斬新な内容は、多くのベテランアングラーを魅了し続けることになる。


 小川の連載が初心者からプロアングラーに至るまで、釣りのレベルに偏らず誰もが引き込まれた理由は単純だ。それはテクニックでもなく、魚に関する知識だ けが書いてあるからでもない。ただ、魚と遊ぶ、という遊び方を原点から、見直すように書かれているからである。


 『楽しみを見つけること』ここには気負った玄人意識はない。「一尾の魚を釣る、ということは『人生目標の最小単位のひとつ』だから、負けてもイイし、楽 しんでもイイわけですよね。これは釣りが『趣味』だからであって、学業や仕事にしろ恋愛にしろ、負けられない。そこに焦りが生じて、純粋に楽しむことを忘 れていってしまうんですね。楽しめないほど真剣にやってることが別にあって、その部分に妥協しないんなら、わざわざ釣りで息をつめなくてもいいじゃないで すか。釣りはあくまで魚に相手をしてもらう、『遊び』なんですからね」小川がいつも口にする、というこの言葉には、『子供のように、ただ無邪気に楽しむこ と』を大切にする、彼の釣りスタイルの原点が現れている。現在のメディアでは、バスプロ達のトーナメントでの戦績や、それを裏付ける合理的なテクニックば かりが注目されがちだが、誰しも最初の一尾を釣った時、大会も記録も関係ない喜びがあったはずだ。それはどんな釣り人にとっても原点といえる快感ではない だろうか。そんな部分を『人生の最小単位の喜び』とし、その喜びを得るためだけの、彼なりの工夫をコンセプトに描いたのが本誌の連載だったのだ。

 そしてそのコンセプトの根源を求めた、高校時代からの親友・二神 慎之介の企画したラオス〜カンボジア釣行プランに共感した小川は、二つ返事で応じることになる。二人で一ヶ月にも及ぶ、魚に関してまったく下調べなしの釣 行だ。「探せば魚の情報はあるし、観賞魚の知識もあるんですが、とにかく一切フラットにしました。それくらい、水の中の存在にドキドキしたかったんです。 子供の頃、はじめての釣り場にいくたびに、この魚はなんだろう?ここには何がいるんだ?って思った、あの感覚を取り戻したかったんです。それだけの目的な んで、貧果だとか、他のアングラ−がこういうの釣ってるとか、とにかく関係ないんですよ。あの頃の釣りって、それはもうメチャメチャ面白かったじゃないで すか?何が釣れるかわかんないっていう場所にいって、その感覚を思い出したかったんですよね」こうして東南アジアで理想の瞬間を取り戻すことになる。しか し、釣果のほうは想像以上に貧果であった。「ぜんぜん釣れなかったですね。いそうな所にはいるんですけど、魚食民族の国ですから刺し網だらけで……。迷惑 かけたくないからって遠慮してしまうと、今度は釣れないんです。それはそれで楽しくて、いいんです。とにかく面白くない日なんてなかった。」競争相手もし がらみもなく、好きなように釣る。その結果釣れなくても、全てが『ワクワクする』という原始的な釣りの楽しみに昇華される。「結局釣りの楽しみも他のアウ トドアスポーツと同じように『無欲』だと思いましたね。」釣果にこだわらないでも楽しむことができる釣り、これがたくさんの魚を相手にした末に彼なりに辿 り着いた一つの境地なのだという。両親の趣味であるという登山に通じる世界がようやく見えたのかもしれない、と彼は云う。 

 「この世界で登りつめて何が見えるか見たいなら見ればいいでしょ うけど、いざ登りつめたら学業や仕事と違って実際の利益はたいして何もない。小さいプライドが満足する代わりに大きい足かせが増えると思うんです。 74cmのバスの写真を撮れなかったとき、悔しさのなか、自分に似合う魚じゃないことに気付きました。だから逆に気分が晴れたんですね。今思えば、あのと きの僕は、釣果の欲望にとりつかれた小さな釣り人だったのかもしれません。ある意味一番醜い姿を人前に晒さなくてよかったと思いましたね。そのあと釣った 魚の写真は、小さくてもどれもいい顔してますよ。地道に積み上げてきたもの以上の結果を突然手に入れたら、人間は勘違いを起こしてしまうこともある。それ も人生なら面白いんですけど、この情報社会では、誤報道やイメージだけでも善悪が決まっちゃったり、そういうスピードが速いんですよね。だから、一気に登 りつめるとそのあとの犠牲が大きいと感じたんですよ。しっかり裾野を拡げて、自分のやっていることを皆に認めてもらえば、どんなに驚かせても許してもらえ るし、息も長いと思うんです。」確かにバスだけではなく、シーバス、そしてトップウォーター、トラウト、オフショアのジギングなど、ルアーに関することな ら業界内どこにいっても彼に注目する人間は多い。考えてみれば単純に21年という年数としてのキャリア、ずば抜けた釣行回数、そこに知識と洞察力、類を見 ない柔軟な発想力が加わり、それを文章で表現できるという彼のスタイルは、簡単に崩れる砂上の楼閣では終わらないことは確かだといえる。

 東南アジアの釣行から帰国し、本誌の誌面改革に伴い連載を終了し た彼は、アウトソーシングで様々なメーカーの商品プロデュースを請ける。今年の夏発売され、瞬時に店頭から消えたといわれるミノー『ザ・ナイフ・カウント ダウン7cm』は、常識を覆す位置に打ったウェイトにより、スイムベイトが弾力でうむような自発波動を生み出す集魚用ミノー。そして誰も手をつけなかった 興奮作用をおこす素材に着目し、食性より興奮を促す『SIN-ZOフォーミュラ』を発売。一方で、自らのブランドで『つぼリグ』、謎の新アクション型スイ ムベイトという『ブラボーキング』をはじめとする、誰も作ろうとしなかった、まったく新しいルアーの製作に取りかかっている。「スポンサーを付けずに何か 大きなことをやるとしたら、それこそ業界の商売としてのキャリアが必要かもしれません。でも僕は小さなことしかできないから、そういうのがたくさんできる なら、そっちのほうがいいんです。何より楽しいですから。新しいルアーなんてまだまだいっぱいあるじゃないですか。パクリルアーといわれるものを作るよ り、そっちのほうが面白くないですか?パクらなきゃ無理というのなら遠慮なくボクに仕事をくれたら作るのに(笑)。僕がアウトソーシングにこだわるのは、 一つのメーカーでずっと僕のルアーを出しても意味がないと思うからなんです。発想は際限ない方向でどんどん生まれますが、メーカー側には得意分野と不得意 な分野があります。例えばプラスチック成型の苦手なメーカーでプラグを出そうとしても、例えば設計やカラーが思い通りに行かなかったりするかもしれませ ん。でもそこでは金属加工が素晴らしいとすれば、そっちのルアーで面白いのができるじゃないですか。あと、次々に思いついた十種類の商品を別々に十社で作 ることができるなら、そっちのほうが効率よくないですか?いつ死ぬか分からない生活だから、焦っているだけかもしれないけど。本音をいうと僕はただの釣り 人ですから、お金よりも『ワガママに近い理想のヒットで釣れるルアー』が欲しいだけなんです。」この現在の仕事内容を大学生の時に考え付き、卒業後2年に して社長として会社経営をしている。早熟という言葉が最もあてはまる釣り人なのかもしれない。

 子供のような遊び心に、自由な発想とそれを裏付ける豊富な知識を 持ったアングラー、小川健太郎。バス、シーバスはもちろん、今後は自身をして「本業」と言い切るトラウト方面での活躍も期待され、まさに脂の乗った26 才、今が旬のアングラーであるといえよう。彼が次にどんな面白い釣りを我々に見せてくれるのか、楽しみに待つこととしよう。

プロフィール
小川健太郎(おがわけんたろう)
つねにハジメテの一尾を求め模索し続ける釣楽人26才。365日釣行を2回の他、国内は北海道から沖縄までをロッドを片手にくまなく歩き回り、時には未知 の魚を求めて海外にも飛び出してしまう。その突飛な行動力には、どんなアングラーも舌を巻く。現在も相変わらず神出鬼没の車上生活を営んでいる。